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白球追いかけ薄給になった管理人が運営するジャイアンツブログです。観戦時はだいたいレフ巨の上の方にいます。    ※コメントに書きたくないご意見ご感想はcoolvanilla3(アットマーク)gmail.com までどうぞ  
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2005年、我がジャイアンツはどん底にいた。
堀内政権最後の年、何をやっても噛み合わないチームは低迷を続け、テレビ局の地上波放送も激減。結局この年は屈辱の5位に沈んだ。
翌2006年、第二次原政権の記念すべき元年。春から好調を維持するも、交流戦でまさかの大失速。一年間の中で8連敗、9連敗、10連敗をそれぞれ一度ずつ喫し2年連続のBクラス、4位という苦汁を舐めた。
長い長いジャイアンツの歴史においても、この2年間は「最低」と断言していい暗黒の時期。個人的にもいい記憶は何一つ無い。

そのどん底のジャイアンツを救った立役者は誰か?
小笠原道大、この人を置いて他にない。ジャイアンツ加入以降、4年連続の3割30本、不動の3番バッターとしてこの人がいたから、チームは2007年から3年連続リーグ優勝ができた、2009年には日本一になれた。
打者も投手も主力が次々に離脱し、前半戦低迷した2008年。小笠原だけは休まなかったし逃げなかった。小笠原こそ前年オフに膝を手術し状態が万全でないのに、それを言い訳にすることもなく、試合中に足を引き摺って歩くような状態なのに休まず出続けた。
中心打者としての成績面もさることながら、これだけの選手がとにかくひた向きに練習する姿、真摯に野球に取り組む姿、その背中で若手のいい手本になってくれた。弱いジャイアンツを、再び常勝チームへと変えてくれた最大の功労者だと言っていい。



・・・だから悪く言えないんだよ。
今年どんなに打てなかろうが、彼が原因で負ける試合があろうが、この4年間の功績、チームに与えた好影響がどれほどのものか知ってるから、悪く言えないんだよ。悪く言うよりも、復活を信じて応援したくなる。
2番ユニを着て観に行った試合で彼が原因で負けたりすると、そりゃあもう悔しいなんてもんじゃなくて、しばらくイライラが治まらなかったりもするんだけど、それでもそれでもこういう日が来ることを信じてた。いや、今年に関しては「願ってた」って言い方が的確かもしれない。
俺だけじゃない。巨人ファンみんなが待ってた。だって小笠原の復活なくしてチームの浮上なんてあり得ないもの。今日の今日まで210しか打てなくても、たった1本しかホームランが打てなくても、ドームには2番ユニが山ほどいるし、彼のタオル、プラカードが無数に掲げられてる。みんなわかってんだよ。小笠原道大がどれほどの選手か、小笠原がジャイアンツにとってどういう存在か、みんなわかってんだよ。


うれしいなあ。ただもううれしいなぁ。今日はたらふく飲もう。
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