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白球追いかけ薄給になった管理人が運営するジャイアンツブログです。松本さん!そのやり方は超カッコ悪いです!w     ※コメントに書きたくないご意見ご感想はcoolvanilla3(アットマーク)gmail.com までどうぞ  
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豊田清投手を自由契約に
http://www.giants.jp/G/gnews/news_393585.html


清武、バカかおまえは・・・。なんでこの人の重要性がわからんのだよ。豊田は、将来のコーチとして絶対に抱えておくべき人材。斎藤みたいなアホよりよっぽど大事な人。こんな形で放出したら、引退した後も帰ってきてくれないだろうよ。



「プライド」
人が生きていく上で、その人を守る武器にもなり、その人の足枷にもなり得るもの。
野球の世界においては、それが余計に顕著に見えます。
でも、この豊田という男は、西武の守護神だったプライドを捨て、2年連続最優秀救援投手のプライドを捨て、一度死んで生まれ変わった稀有な例です。

日本のFA制度というのは、資格取得に時間がかかり過ぎるため、どうしても選手としてのピークを過ぎた後に移籍することになります。
FA移籍でジャイアンツに来た選手を見てみると実にわかりやすい。移籍前よりもいい成績、変わらない成績を残せたのは小笠原くらいなものです。

豊田もその例に漏れず、35歳で巨人に来た頃には、選手として下り坂に入っていました。
加えて、西武から巨人に移ると、その注目度も大きく変わります。試合は全国中継され、打たれればセンセーショナルにスポーツ新聞の一面を飾ります。西武時代には無い経験だったことでしょう。
一年目の2006年は、本人の衰えと環境の変化に対応できず、投げれば打たれる不本意なマウンドが続きました。この頃のイメージが強すぎ、巨人ファンでもこの人に悪い印象を持ったままの人が少なからずいます。
私なんかも、FAで巨人に来た選手を多く見てきたため「あぁ、この選手もここで終わりか」と思いました。実際、本人も苦しみ、この時期は投げることに恐怖感を持つほど追い込まれていたようです。

ところが、この豊田清という男はこれで終わりませんでした。
翌07年にセットアッパーとして華麗に甦り、47試合に投げ20ホールドを挙げる活躍。勝利の方程式に欠かせないパーツになりました。
実はこの年も、開幕当初は豊田がクローザー、そこからセットアッパーへの配置転換を告げられての奇跡的な復活でした。そして、そのとき原が豊田に言った「いいか、これは降格じゃない。上原の前を投げるポジションを任せられるのがおまえしかいないんだ」は名言と言っていいでしょう。実績のあるベテランを腐らせずに納得させた原も見事ですし、それを意気に感じ、プライドを捨て新しい居場所を受け入れた豊田も男です。

現代野球において、セットアッパーは重要な役割です。そこに異論の余地はありません。しかしながら、多くのセットアッパーが「9回に投げるのは緊張する」と口を揃えたり、試合を締めるという部分において、「クローザー>セットアッパー」であることもまた事実です。
クローザーとして実績のある男に、セットアッパーへの転向を命じるのは、言ってみれば、部長職から課長職にされるくらいのことです。全ての人がそれを受け入れられるとは思えません。
それでも、豊田が腐らずにそれを受け入れられたのは、一も二も無く本人の性格に因るものだと思います。
思い出してみてください。ワンバウンドでボールに土が付いたり、ファールがスタンドインして審判に新しいボールをもらうとき、豊田は必ず帽子を取り感謝の意を表していました。打ちこまれて投げるボールが無いようなときでも、満塁でスリーボールのような絶体絶命の局面でも。これはそうそうできることじゃありません。
他人に感謝の気持ちを忘れない実直な人であったからこそ、屈辱的ともいえる配置転換を自分の糧にできたのだと思います。

また、越智、山口といった投手が成長するのに、この人がいかに大きい貢献をしたかも論を待ちません。ブルペンでどう準備をすべきか、連投の疲れをいかに取るか、実績豊富で人間性がしっかりした先輩がいることで、二人はどれだけ助けられたことでしょう。ちょうど一年ぐらい前でしたか、越智、山口がインタビューで豊田を「師匠」と表現していました。上原が抜け、尚成が抜け、ベテラン投手が次々にいなくなる投手陣において、この人がどんな存在であったかは想像に難くありません。
そして、数字に表れないこの部分があったからこそ、この豊田清という選手の役割は大きかったんです。将来、確実にいいコーチになると確信させるものがありました。

一人の投手としても、この人には他の選手には無い華がありました。立ち振る舞い全てが画になるというか。
左足でマウンドをならす姿、投げる前の祈りのポーズ、阿部のサインを見ながら筋肉をほぐすためか右手を天高く上げる姿、そして抑えた後の雄叫びを上げるようなガッツポーズ。すべてがピッチャー然としていました。
08年は50試合に投げ26ホールド、09年は46試合で5セーブ、15ホールド。去年、セリーグの覇権を取ったCSの最終戦にも、日本一を決めた日本シリーズ最終戦にもこの人は投げました。建て前でなく「三連覇に貢献した」選手の一人です。

絶対に手放してはいけない選手でした。移籍組であろうと、指導者として重要な部分を任せられる人材でした。非常に悔やまれてなりません。
球団もそれをわかってコーチ補佐の打診をしたのでしょうが、燃え尽きるまで現役をやらせてほしかった気がします。この人の場合、球が速いだけのリリーフピッチャーとは違い、越智よりも落差のあるフォーク、上原よりも精度の高いコントロールという二つの武器があります。こんな形で出してしまって、他球団で河原のように甦られたら泣くに泣けません。個人的には応援しますが・・・。


豊田さん、本当にありがとうございました。
巨人の選手として応援できないことが残念でなりませんが、あなたがどこに行っても応援します。そして、埼玉方面にいい縁があることも祈ってます。
一度きりの人生、コーチは50代60代でもできますが、投げられるのは今しかありません。自分が納得するまで思いっきり投げ続けてください。

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